• K.KOSUDA

款冬華のこの時期は子供の頃の記憶にほっこり。。。ていう話



今日は七十二候の「款冬華」です。


「かんとうはなさく」とか、「ふきのはな、さく」と読み、雪の中から顔を出すふきのとうを表しています。


寒いのは確かですが、自然に生きる動植物は着実に春の準備を始めています。



私の実家は、私が生まれてから2回引っ越しをしています。最初は小学校3年生が終わる頃、そして2回目が28歳のときでした。


小3のときに引っ越した家には、アンズやイチジク、イチョウの木などがあり、毎年実をつけていました。初夏にはアンズの実でジャムを作ったり、アンズ酒を漬けたりしていたのはとても良い思い出です。


あんずの実は梅に似てます。てかほぼ梅
個人的に、春の花というとあんずの花がもっとも身近でした
あんず酒は梅酒に似てます。てかほぼ梅酒

また、秋にはイチョウからぎんなんの実が落ち、まあ臭かったこと!


我が家ではあまりぎんなんは食べませんでしたが、ご近所さんがよくぎんなんを分けてくれと訪ねてきてました。


茶碗蒸しとか、いろいろと使い道はありますよね。



個人的に、イチョウは白樺と並んで「青空に映える木」ナンバー1です
臭かったぎんなんも今は良き思い出

中古の家でしたので、前に住んでいた人が植えていったらしいのですが、毎日鳥のさえずりを聴きながらとても気持ちの豊かになれる環境でした。


残念ながらイチジクの木は私たちが引っ越して来てまもなく枯れてしまいましたが、ほかにも未だに何という名前なのか知らない木もありましたし、大きくそびえる桐の木もありました。


どれだけの箪笥が作れるのだろうかと思えるほどの巨木でしたが、毎年花を咲かせて私たち家族の目を癒してくれていました。


桐の花

あまりに高くそびえていたので、雷が鳴ると落ちてくるのではないかととても怖かった記憶もあります。


実の数も半端なくて、毎年実のなる時期になると、パキッ……パキッ……という割れる音がよくしていました。そんなにうるさい音ではなくて、なんか耳に心地よい音でした。夜はその音を聞きながら眠りについていたものです。


割れた実からはフワフワな綿毛のようなものに包まれた種が舞い落ちてきて、それはそれは幻想的な光景でした……。



その家は、毎年春になるとたくさんのふきのとうが顔を出し、それはもう辺り一帯埋め尽くさんばかりでした。


天ぷらにしたりして食べた思い出がありますが、それが初めて知った「山菜の味」でした。子供の私にとってはただ苦いだけのふきのとうは好きではありませんでしたけどね……笑


今でこそ絶妙な苦みがとてもおいしく感じられる山菜ですが、子供の味覚にはあわなかったです。


毎年この時期から初夏にかけては、子供の頃の、そんな思い出が懐かしく感じられます。ホント……田舎だからこその光景でした。



もう、あのアンズもイチョウも桐の木もありません。なので、あの頃に戻りたくても戻れません。今思うと、二度と経験できないかもしれない貴重な時間を過ごせたと思っています。


当たり前だったからこそありがたみが薄かったですし、そんな幸せに気付く頃には、もうその場所はないものなんですね。


でも、たまには童心に帰って、当時の思い出を追いかけてみるのもいいかもしれませんね。現実には触れられないことも、心の中でほっこりと思い返すことで、当時の幸せな気持ちは思い起こせるものですから。


いつか、あの頃のような温かみのある空間をまた取り戻してみたいなんて思うこともあります。そこに居るのが自分一人であってもいいので、記憶に残るあの空間でまた過ごしてみたい! そんな思いに駆られちゃうんですよね。


これって、歳をとった証拠なんでしょうか。それとも、引っ越し経験者あるあるなんでしょうか。できれば後者であって欲しいな……なんて思いつつ、本日はこの辺で。